手話も口話も万能ではない

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前回の「バイリンガル教育は効果が100%」の嘘では昔は手話で教育を行っていた頃は手話と日本語の読み書きができたとする主張の多くが、前提となる話が抜けていることを書きました。

バイリンガル教育と称して、言葉を取得していない聴覚障害を持つ幼児がはじめから手話を学びつつ、学習言語として手話と日本語の読み書きを習得することを教える技術はまだ確立されていません。

また、手話と日本語との変換をスムーズに行えるようにするための授業技術も未だに確立されていません。

意外に思う人もいますが、手話も口話も実際は万能ではないのです。

時折、「キュード・スピーチ法がそれではないか?」と言われる事もありますが、残念ながら違います。この方法は声だけでは十分に聞こえない発音を視覚的に表現する技法であり、手話とはまた別者です。

聴覚障害児の聴覚口話訓練の一環で、成長とともに発音を理解できるようになれば、使わなくなるという前提がありました。

キュード・スピーチ法を考案された京都府立ろう学校の馬場喜美子先生が奇麗な手話を使っていたことを書きました。

参考
「手話の利用は黙認されていた」のは本当か?

あくまでも憶測ですが、成長していくにつれて、聴覚が発達したり、手話に移行することなど、うっすらと想定していたのかもしれません。

2014年現在、手話を使って日本語もスムーズに書けるという70代以上の聾者には日本語を取得してから失聴された方も多くいます。

この中には以前は国民病といわれた結核にかかったりして、「ストマイ難聴」と呼ばれる、結核治療のストレイプマイシン薬害によって失聴された方も多くいます。

言葉を覚え始める前に高熱で聞こえなくなったり、子供の頃に肋膜炎で失聴された方も多くいます。

例えば、全日本聾唖連盟元理事長の高田栄一さんは聾者の福祉において活躍された事で広く知られている方です。わたしと同じ京都府立聾学校出身で大先輩にあたる方です。

もとは聞こえていた方で8歳の時に失聴して、聾学校に転校されました。言葉を話せるのはそのためです。

手話だけでなく口話もできる方なので、ぱっと話してみたら聞こえる人と思ってもおかしくありません。また、当時の補聴器は十分な性能ではなかったこともあり、聾学校に転校された当時は補聴器を使っておられなかったとのことです。

京都府立ろう学校で若い頃の高田さんを知っている先生の話では、高田さんが失聴した時に言葉を覚えていたこと、「ろう者は学力が低い」と言われていた昭和30年代に立命館大に入学されたこと、立命館大で読話研究会を催されて、口の形を見て話を読みとることを研究されていたそうです。

失聴時の年齢や教育を受けた世代や個人差もありますが、口話ができても、語彙が弱いため、読み書きの力が十分ではない人も多くいます。

また、失聴してから、だんだんと発音が崩れていかれたり、メンタル面で問題を抱える方も多くいます。本人の頑張りや努力だけでは解決できないこともわかっています。

そこを考えて話をしないと話が一律の条件の誤ったものになります。

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